親善大使

春香 クリスティーン

Friendship Ambassador Haruka Christine
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今回親善大使を拝命し、とても嬉しく思っております。

私はスイス人の母、日本人の父の元でスイスで生まれ、16歳まで育ってきました。幼 少の頃から日本には、大変興味を抱いており、16歳で日本に住みたいと決心し、それから一人で日本で生活しています。「あなたの故郷はどこですか?」も し、そう聞かれたら、私はスイスと答えるか、日本と答えるか、恐らく結論を出せないと思います。そのくらいどちらの国も自分の中で大きな存在です。

地理的にスイスと日本はかなり距離がありますし、文化も違うところが多いですが、両方の国に住んでみて、似ているところも沢山あるように感じました。

親善大使として、日本の方にとってスイスをもっと身近に感じられるように、そしてスイス人にとって日本がもっと身近になるように、この二つの国のかけ橋になれたらと思います。

春香クリスティーン

1992年1月26日生まれ、現在21歳。チューリッヒ市出身。

2008年に単身来日し、2010年よりタレント活動をはじめる。

日本語、独語、仏語、英語が堪能。

現在、読売テレビ「情報ライブミヤネ屋」、TBS「はなまるマーケット」レギュラー。

近衞 忠煇

Friendship Ambassador Tadateru Konoe
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日本・スイス国交樹立150周年にあたり、ご縁の深いスイスの親善大使をお引き受けすることになり、大変嬉しく思います。

50 年前、留学時代に立ち寄ったジュネーブで、偶然、赤十字の100周年を記念するパレードに参加したのをきっかけに、赤十字に身を置き、以来、人道活動ひと すじに歩んできました。現在は、187カ国を束ねる国際赤十字・赤新月社連盟の会長として、世界中を飛び回る日々を送っています。8年近く家族と過ごした スイスは、私にとって第二の母国です。

親善大使として、スイスの様々な魅力をアピールするとともに、赤十字を生み育んだ人道の精神と活動も広くお伝えし、両国の親善に尽くしていきたいと思います。
  

近衞忠煇、1939年5月8日生れ。

(赤十字の創始者、アンリー・デュナンと同日)

日本赤十字社社長。2009年より世界187の赤十字・赤新月社が加盟する国際赤十字・赤新月社連盟(スイス・ジュネーブ)の会長に就任。

東日本大震災をはじめ、ハイチの大地震、シリアの人道危機など世界各地の現場を訪れ、

人道支援活動の指揮をとる。

国内では、中央防災会議の委員など多くの役職を歴任。1999年より日本スイス協会会長。
  

國松 孝次

Friendship Ambassador Takaji Kunimatsu
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この度、日本・スイス国交樹立150周年親善大使に選任されたことを大変光栄に存じます。 

ス イスは、日本人にとって好感度抜群の国です。ただ、多くの日本人は、もっぱら、その美しい観光資源に関心と興味を寄せていて、スイスの人たちが、独特の安 定した地域社会を築きながら、グローバルな視野と高い技術力をもって世界に雄飛していることは、あまり知らないようです。

私は、親善大使として、日本の皆様が、今日のスイスの姿を、そのすべての側面において、よりよく知っていただけるよう、少しでも、お役に立ちたいと思っています。

元駐スイス日本国大使。現在は、NPO 法人救急ヘリ病院ネットワーク会長として、スイスの航空救急救助隊(REGA)を念頭に置きながら、ドクターヘリの普及に努めている。

三國 清三

Friendship Ambassador Kiyomi Mikuni
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1974年、スイスのジュネーブにある軍縮会議日本政府代表部の料理長を務めた時、ローザンヌ・クリシエ村にあるオテル・ドゥ・ヴィルを訪れました。後に世界一と称されるフレディ・ジラルデ氏のレストランです。それからのべ6年間、ジラルデ氏のもとで修業を積んだのが一番の思い出です。 

スイスではジュネーブのパーク・デ・ゾォーヴィーヴに住んでいました。世界一と言われるバラ公園があり花々が美しく、また、朝4時から清掃される街並みも綺麗でした。スイスがいかに自然と共存しているかということを感じました。 

日本では、パリ、ロンドンやニューヨークなどは身近な場所として知られていますが、スイスについてはあまり知られていません。スイスの白ワイン、赤ワインやチーズなどの素晴らしい食材を多くの方に知っていただき、スイスの良き食文化を広く伝えていきたいと思っております。

1954年北海道増毛町生まれ。15歳で料理人を志し、札幌グランドホテル、帝国ホテルにて修業。74年駐スイス日本大使館の料理長に就任。大使館勤務の傍ら、フレディ・ジラルデ氏に師事する。その後、フランスの三つ星レストラン等で修業を重ね、85年四ツ谷にオテル・ドゥ・ミクニをオープン。2013年11月、フランスの食文化への功績が認められ、フランス・トゥール大学にて名誉博士号を授与される。

辰野 勇

Friendship Ambassador Isamu Tatsuno
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私が初めてスイスを訪れたのは1969年春、アイガー北壁登攀がその目的でした。横浜からソビエトの貨客船に乗ってナホトカに渡り、鉄道と飛行機を乗り継いで、ようやくアルプスの山並みを目にしたときは、その美しさに感動しました。夢に描いた「アイガー北壁登攀」を果たし、私にとってスイスは、その後の人生の出発点となりました。スイス日本国交150周年にあたって、その先鞭を開いた先輩諸氏に敬意を表すると同時に、その歴史の中で45年もの長きにわたり、私が関わり続けられた事に、心から喜びを感じます。

これからも両国の友好に努める所存です。

1969年にアイガー北壁日本人第二登を果たした日本のトップクライマー。1975年に登山用品メーカー、株式会社モンベルを設立。カヌーやカヤックにも熱中し、黒部川源流部から河口までをカヤックで初下降、その後もネパール、北米グランドキャニオン、ユーコン、中米コスタリカなど世界中の川に足跡を残す。

山田 和樹

Friendship Ambassador Kazuki Yamada
© Marco Borggreve

日本・スイス国交樹立150周年という記念の年に、親善大使という大役を務めさせていただくことになり、とても嬉しく光栄に思っております。
私の住まいはベルリンですが、スイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者として、音楽活動の本拠地はジュネーブになります。

2014年7月には、この輝かしい伝統を持つオーケストラと日本ツアーをするのですが、スイス・ロマンド管弦楽団にとっては15年ぶりの来日となります。このオーケストラの持ち味である、色彩豊かで華麗なサウンドを一人でも多くの皆様にお届けし、芸術文化の面から国際的な架け橋の役を担うことができればと思っております。

時間を超え、距離を超え、国境を超えて、スイスの魅力と共に、より羽ばたく音楽をお伝えできるよう邁進して参ります。

山田和樹(指揮者)1979年神奈川県生まれ。

東京藝術大学指揮科卒業。2009年9月、第51回ブザンソン国際指揮者コンクール優勝、併せて聴衆賞を受賞。スイス・ロマンド管弦楽団とは2010年に初共演。大成功を収め、即時に「首席客演指揮者」への就任が決定。昨年の就任披露公演は日本でも大きな話題になった。

現在、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、横浜シンフォニエッタ音楽監督などを務める他、ヨーロッパを中心に各地のオーケストラに客演。次世代を担う指揮者として注目されている。